大雪が降った朝に飛び降りようとした時の日記

2021/12/19

そのまま抜粋

 

12月17日午前7時36分
雪が降った。
札幌にしては遅い、本格的な積雪だった。
友達と飲んで朝方まで騒いでから一人事務室に残っていたとき、窓の外が真っ白に霞み始めた。ぼんやり重い頭で喫煙所に向かう。
早朝、足跡は無い。クロックスで階段を慎重に降りる。小屋の前で火をつけた。ベンチに寝転んで吸ってみる。ゆっくり降る大きな牡丹雪で、風もないから真っ直ぐ落ちる。雪が音を殺している。
思い出すこと。真っ白な記憶。
小学生の頃、住んでいた場所では珍しく大雪の日があった。今日みたいな雪だった。正月で親戚が家に来ていた。ダウンジャケットを着込んで、家の前の公園で兄妹と従兄弟とはしゃぎ回った。そのあと、公園の奥のベンチに寝転んで一人で雪が落ちてくるのを見つめていた。
それまで生きてきた中で一番、美しい瞬間だった。心からそう思った。このまま時間が止まればいいと願った。
その直ぐあと私を探す声が聞こえて、後ろ髪引かれる思いでみんなのところへ戻った。小さなかまくらを作った気がする。

こんな日に死にたいと思った。
いつからそう思っていたのか、あの日あの瞬間か、生き辛さを感じ始めた頃か。もう記憶が曖昧になっている。でもあの日のしんとした景色、美しさへの憧憬は心を貫いて忘れられなかった。生きる苦しさから来る希死念慮とは違う、純粋で確信めいた死への欲求。直感的に、ただただ美しく終わりたかったのだと思う。美しい雪に埋もれて消えてゆくという妄想。
ずっと大学進学は雪国にと決めていた。
そのおかげで今札幌にいる。雪が積もる。美しい街にいる。何よりも大切なこと。

そんな日が、また来た。
同じような雪だった。
見上げながら煙草を吸うと、顔に落ちた雪が首筋に流れて冷たかった。
静かな白。しんとした気持ち。
死のうと思った。
飛び降りようと思った。
あるのは目の覚めるような白だけ。
遮るものはない。恐怖もない。
苦痛はない。
ただ、こんな日に死にたいだけ。

 

8時56分
死ねなかった。
うろうろ散歩して高いところを探したのに。
風が強くて粉雪が痛いくらいだった。
あの静けさがなくなっていて、残念だった。
棟の横の階段を登っていて、人に見られたのが落ち着かなかった。5階から下を見たらすごく狭く感じてつまらなかった。
なんで死ねないんだろうって思った。悲しかった。少し泣いた。とぼとぼ部屋に帰って情けなかった。
死にたくないなんて気持ちには、いつも罪悪感が付き纏う。
寝不足で頭が痛い。死にたいくせに、ずっと先のことばかり考えていた。つまらない人間だなと思った。惨めだった。誰かに聞いてほしいと思った。この気持ち。寂しかった。いろんな人のことを考えた。助けてほしいってことだったのか。
死ねないままで、汚いままで、いてもいいって言ってほしいような。優しくされたくて、悲しいふりをしたのかという程。朝の、迷い無い死の確信が霧散した。奇跡的な雪の日に、隣に高い建物がある場面なんて、この先どれくらいあるだろう。もう死ねないのかもしれない、という予感が怖かった。生きなければならないのは、その事実を直視するのは、あまりにも痛くて。
どうして早く死ななかったんだろう。どうして死ねないんだろう。真っ直ぐ死ぬことしか考えなかったあの瞬間に、なぜ死ななかったの。他人にどう思われるか、死んだら、死ななければ、なんて下らないことばかり思った。寂しい。

 

19日午前2時56分
部屋に帰って寝て電話で起こされて麻雀した。半荘四着半荘一着。そのあとあんまり覚えてない。気づいたら次の日で、気づいたらその次の日。もう三日前近い。死ねなくて思い出した人と会った。死にたかったことは言わないけれど、あの人たちは光だと思った。尊いと思った。優しくなくていいし、離れてしまうけれど、何度でも思い出すし、死んだとしても笑えた瞬間があれば救いだろうね。